マニ・機関銃と功徳の話
私の兄は個性的な中学生だったので、修学旅行の前日に唐突に剃髪したり、マニ車を買ってきて回しながら勉強したりしていました。彼はそのまますくすく健康だったり健康じゃなかったりしながらも育ち、31歳の今、出家するでもなく普通の会社員として生活しています。ちなみに実家は信仰が特別厚いわけでもなく、適当な葬式仏教の檀家です。
それにしても、なぜ男子中学生が唐突に仏門(しかもチベット仏教)に目覚めたのかはさっぱりわからない!20年前の男子中学生の間ではチベット仏教が流行っていたんでしょうか?
さて、マニ車です。
マニ車というのは中に経(マニ経)が入れられていて、それをくるくると回すと回した回数だけ経典を読んだことになるという、チベット仏教のステキ仏具。経典を読めば読むほど徳を積むことができるので、多く回すほど徳が積めるというとても便利なグッズです。
一般的には手で回すものが多いのですが(兄が使っていたマニ車は手回し式だった)、チベット仏教の本場・チベットには水力・風力・火力(行燈の熱で回転する紙製のものの場合)で回転させるものもあるそうです。つまり己の腕力で回さずとも所有者・利用者は功徳を積むことができる!これほど便利なものはない。
このように、人力でなくても功徳を積むことができるマニ車ですから、回転体にマニ経を仕込めばそれは立派なマニ車になるのです。
たとえば車の車軸はどうでしょうか。高速で回転するものなので、効率よく功徳を積むことができますね。また車軸とタイヤの2か所にマニ車を仕込むと、回転速度が等しいと仮定した場合、功徳をNとおくとNの2乗の功徳を積むことができます。さらに車軸の両端にタイヤがついているので、Nの2乗×2の功徳を積むことができます。
功徳はべき乗で増えるのか、単純に加算法で増えるのかは正直よくわからないですが、べき乗で増えたほうが効率がいいのでべき乗で増えてもらうことにしましょう。
ところで、車以外にもこの世には回転体がたくさんあります。その中には「徳は積めないだろう」というもの、つまり仏教的にはアウトな道具ももちろんあるわけです。多くの宗教がそうであるように仏教にもタブーがあるわけですが、仏教が殺生を禁じているのは信仰心のかけらもなくこんなブログ記事を書いている私でも知っています。
禁忌を破る、つまり殺生をするための道具、それは武器です。武器にはたくさんの種類がありますが、ここで問題にしたいのは回転効率のよさです。とにかく速く回転して、ついでに回転する部分が複数あるものがいい。その回転する部分もそれぞれが独立していては徳のべき乗(あるいは加算法)ができないので、連続した機関として回転体がつながっているものがいい。それはなにか。
機関銃です!
他にもあるだろうけれど、私は正直武器にはあまり興味がないため詳しいことはよくわかりません。けれど機関銃はよく回るということは知っています。Youtubeで見た。
機関銃は連続して弾丸を射出することで殺傷力を向上させています。機関銃には様々な種類がありますが、私はミリタリーオタクではないため正直何が何なのかわからない。ここでは機関銃をガトリング砲だとして話を進めていきましょう。
ガトリング砲は砲軸に複数の砲身を並べ、それらを回転させながら弾丸を射出する機関銃です。つまり回転するのです。回転するところにマニ経あり、マニ経あるところに回転運動あり。つまりガトリング砲をマニ車にすることは、一応可能なのです。
ちなみにガトリング砲の砲身部が回転するのは外部動力(人力、モーターなど)によるものなので、一般的なマニ車の動力源と一致します。さらにライフリング(砲身の中にあるらせん状の溝。弾丸に旋回運動を与えることで安定させ直進性を高める)があるので、弾丸に旋回運動が加わります。外部動力によって回転する砲身、そしてライフリングによって旋回する弾丸、2つの回転運動が連続することになるのです。徳のべき乗!
ただしライフリングの回転を加味したい場合は弾丸一つ一つにマニ経を納めておかなければならないため、その手間は計り知れないものになります。砲軸に複数の回転部分がある場合は、砲身部分の部品にマニ教を仕込むことでその手間を省くことができるのですが、残念ながらガトリング砲の詳しい図面や機構を調べることが気力的にできませんでした。詳しい方教えてください(他力本願寺)。
なお、ここまでして功徳を必死になって積んでどうなるかというと、仏からのよい報いがあるかもしれない!程度です。どうにもふわっとしています。ラッキーなことがあったらそれは仏からのご利益だぜ!ということなんだろうけれど、イマイチよくわからないです。T(徳)カードでポイントをためてご利益を受けよう!というカンジでしょうか。ここでいうご利益とは現金的に使えるポイントですが。
ところで、マニ経を納めるためにはマニ経と回転する物体があるだけでは不十分で、徳の高い高僧に入魂の儀式をしてもらう必要があります。果たして機関銃や銃弾に入魂の儀式をしてくれるような生臭高僧がいるでしょうか。いたとしてもそんな俗な高僧に入魂されたマニ車はあんまり徳を積めなさそうですよね。ほぼヤクザだよそんな坊さん。
シプカ峠と共産党旧本部
ブルガリア中央部にはカザンラクという町があります。毎年六月にバラ祭りという観光客が集まる祭りが開催される町ですが、私が行ったのは8月の頭。特に何もない普通の町でした。
体調を崩したこともあり、タクシーでそのまま近郊のシプカ村へ。10レヴァ。当日のレートで600円くらいですから、安いです。バスも出ているそうですがヴェリコタルノヴォ→カザンラクのバスが停まる場所はバスターミナルから多少離れているので、タクシーの方が便利でいいかもしれません。
シプカ村は何もない村ですが、観光地化されていない普通の田舎の風景を見ることができます。なお住民の皆さんは外国人を見かけるとロシア語で話しかけるスタイルのようです。英語じゃないのな。
宿泊したのはシプカITホテル。スタッフのおばちゃんは親切で英語が上手でそしてこのあたりでは最もお安いながら大変すばらしい部屋でさらにはプールがあります。
プールがあります。
水着を持ってきましょう!
どうやらシプカ村には日本人が住んでいたらしく、看板には日本語が。田舎具合といい背景に広がる山といい、なんとなく故郷の九州の山奥を思い出しました。
このシプカ村、シプカ峠ハイキングのためだけに宿泊したのですが、なんとシプカ峠の近くにはかの有名な廃墟、ブルガリア共産党旧本部があることが判明。体調が万全でないこともあり、タクシーでシプカ峠と旧本部廃墟に行くことにしました。ホテルで頼んだタクシーで40レヴァぽっきりでしたから、かなりお手頃でした。
まずは旧本部廃墟から。
インターネットには中にはいれた!という情報がありますが、2016年8月現在頑丈なフェンスと防犯カメラに守られ、とてもじゃありませんが中に入れる様子ではありませんでした。ホテルのおじさんによると、壊れかけで危ないからちょっと前にフェンスができたのだとか。絶対に中に入っちゃダメだよ! と念押しされました。
中には入れませんでしたが、外から見てもその珍妙さがわかります。でかい。丸い。でかい。なぜこんなところにこんな建物を建てたのか。田舎の村から山道をくねくね行った先に建っており、夏でも寒い(長袖を持っていくのをおすすめします)。お世辞にも良い場所に建てたとは言いがたい。タクシーのお兄さんいわく、この土地はシプカの戦いの舞台、つまりブルガリア人にとって非常に大切な場所だからだそうです。なるほど。
なお、山の頂上にこの個性的すぎる建物をたてたせいか、建造費用より解体費用の方が高くなってしまい、壊すに壊せないのだそうです。ブルガリアただでさえカツカツなのに、それじゃあ放置するしかない……
お次はシプカ峠。
この峠はブルガリア独立にとって非常に重要な戦跡です。露土戦争時、この地でロシア軍ブルガリア義勇兵軍とトルコ軍が戦いを繰り広げました。砲台(台座の石組み)が当時のまま残され、頂上にはモニュメントがあり、中に入れます。階段上って右手にあるチケット売り場で3レヴァでチケット購入。モニュメントの中にはブルガリアとロシアの国旗、ブルガリア兵とロシア兵の像が。棺もあります。さらに当時兵士が持っていた十字架や銃弾、指揮官の絵や進軍図、制服、そのたもろもろの展示もあります。最上階まで上るとシプカ峠を眺望できます。よいながめ。
シプカ峠はロシア人観光客が多かったです。
なお、モニュメントのまわりには観光客によって踏み均された道があり、あたりを歩き回れますが柵などはいっさいなく、どんくさい人はツルツルの石ですベってほぼ90°の絶壁を転げ落ちそうになるので注意した方がいいです。死ぬかと思った。本当にこわかった。
メイン観光地から外れた場所ですが、ブルガリアの歴史に興味のあるかたは是非訪れてみてください。
沿ドニエストルのパトカーに乗せられた話
未承認国家沿ドニエストル共和国に行ったらパトカーに乗りました。
沿ドニエストル共和国とは、モルドバ共和国を流れるドニエストル川のウクライナ側を領土と宣言している国連未承認国です。
これはモルドバがソビエトからの独立を宣言した際にその親ルーマニアっぷりを嫌がったロシア系住民が別個に独立を宣言したためこうなったらしい。沿ドニエストル地域をめぐってモルドバとの間で紛争が起こったりもしたようです。
こうした背景からしてバリバリの親ロシア派で、そしてバリバリの“ソビエト懐古”とでも言うのでしょうか、なんとワールドワイドウェブには「最後のソ連」なんてキャッチーで力強いワードが転がっている。俺が、俺たちがソビエトだ。
なお、沿ドニエストルにはモルドバ以外からのアクセス方法もありますが、モルドバからの出国の時に不正入国として逮捕されたくないので、モルドバからミニバスで沿ドニエストルの首都ティラスポリに向かいました。
ちなみに、ウクライナ→沿ドニエストル→モルドバまたは沿ドニエストル→モルドバ、という経路だと「モルドバの入国審査を受けていない! 沿ドニエストルはモルドバの一部なんだから不正入国だ!」ということでモルドバから出国できなくなるそうです。
さて、そんなこんなでモルドバに着いて沿ドニエストルに向かいます。ミニバスは中央バス乗り場から出ていました。ふらふら歩いているとおっちゃんが「ティラスポリ!」と声をかけてくれたので近くの切符売り場でお金を払って乗り込めばあとは国境まで寝るだけでした。36.5レイだから当日のレートで188円くらい。安い!
なおミニバスのおっちゃんには英語はまず通じないのでロシア語(かモルドバ語)で意思疏通するしかないです。「座って座って!」「降りて!」「これ君の鞄? 国境警察に中身見せて!」「君マルシュルートカで来たからこっちのゲート通って!」くらいしか言われないので別にロシア語わからなくても問題ないと思います。ダーダー(はいはい)言っとけばどうにかなる。
さて、そんなこんなで沿ドニエストル検問所です。モルドバは沿ドニエストルを国家承認していないのでモルドバ出国の手続きはありません。あるのは賄賂要求で悪名高い沿ドニエストル入国審査だけです。
しかし「今日ここにもどってくるのか」とだけ聞いて賄賂はなし。やったぜ!
そしてこれをくれました。
パスポートにスタンプを押さないんです。何故でしょう。国連から承認を受けていないからでしょうか。ともかく、ふたたびミニバスに乗っていざ行かんティラスポリ!
マルシュルートカの終点は鉄道駅。なお、鉄道駅周辺は何もないので、一番賑わっている市場の辺りで降りるのがおすすめです。やたらと緑色の建物がある人通りの多いところが市場らしい。
私はなにも知らなかったので鉄道駅から歩いて来た道を戻りました。荷物を背負って歩くのは正直しんどかったですがティラスポリが非常に小さい街であることが幸いし、すぐに市場まで到着。
しかしさすがにもう疲れた。適当にバスを拾ってバス停まで行こうとバスのおっちゃんに「バスターミナルに行くか?」と聞いたところ、よくわからない固有名詞を聞かれたので「うん、とりあえず向こう(前方方向)にあるバスターミナルまで行きたい」と言って着席。
しかしそもそもこれが間違いだったのです!!
しばらく乗ると「ついたよ!」と同乗者がめちゃめちゃ声をかけてくる。なるほどと思い外に目をやったらバスターミナルとは程遠い駐車場でした周り、なにもない。バス、一台もない。
辺りは道も狭く、店も民家もなく、バス停も遠く離れておりタクシーもない。さっそく雲行きが怪しくなってきました。キシナウ行きのバスに乗りたいの、バスターミナルはどこ? バスターミナルに行くんじゃないの? と聞いたけどバスのおっちゃんは「キシナウ行きのバス? バスターミナル? 行かんがな!」とおっしゃる。うーん、あの謎の固有名詞はこの変な駐車場のことだったのか。
すると運転手のおっちゃん、今度はとにかく座れとおっしゃる。しかしバス停には行かないんだそうだ。どうなることやらと思っていたらバスが停まり、後方から警官が現れ、ついてこいとのこと。なんだかヤバイ感じがする。変な汗が出てきます。というかなんで警官がバスに乗っているんだ。これが沿ドニエストルスタンダードか。
さて、降りた先にはパトカーが。助手席に座らされる。パトカー! 生まれてはじめて乗ったぞパトカー! 日本でも乗ったことないぞパトカー!
まずは警察署につれていかれる。私は別に悪いことしてない(はずだ)から堂々たる車内待機。そして背中にはびっしりと汗。なにせパトカー初体験だったので……そしてチェックされるパスポート。不法入国者と疑われたようです。
さらに次には警官の家に行って奥さんにキシナウ行きのミニバス発着場の位置を聞く。奥さんが大変美人でした。しかし奥さん、キシナウ行きのミニバス乗り場はわからないとのこと。つまり彼女はミニバスで沿ドニエストルを出たことがない! おそらく車で今まで行き来してたんでしょう。キシナウにたくさん沿ドニエストルナンバーの車を見かけたし。
色々と相談した末、停留所最終地点、つまり鉄道駅の前から発車していることが判明。そう、私はもと来た道を戻ればいいだけだった……そうしてそのままパトカーでバス停まで乗り付けましたとさ。
さらには警官がチケット売り場まで案内してくれました。優しい! 親切! そしてそのままさよなら~本当にありがと~、でおしまい。
警官とパトカーの中でどこでロシア語勉強したの~子供の写真かわいいね~とか話してましたがとてもいい人でした。ちょっと強面だったけど……名前聞けばよかったと今更ながら後悔してます。
というわけで、沿ドニエストルの警官はとっても親切なので沿ドニエストルに行ってぜひ警官に自己責任でお世話になってみてください。変な汗を大量にかきましたがわりとパトカーの乗り心地は座席がふかふかしていてよかったです。